そういうゲーム
著作:ヨシタケシンスケ
日常はゲームで溢れている・・・
対象年齢:6歳・7歳・8歳 ボリューム:まあまあ長い
子育ては、予測不能な「高難易度ゲーム」?
毎日、本当にお疲れさまです。って誰かに言われるだけでどれだけ心が軽くなるだろう。
現実では自分の機嫌は自分でとり、自分のことは自分で褒め、自分のことは自分で慰めるのが母の常。
「今日は絶対に早く寝かせようと思ったのに……」
「お出かけの準備ができた瞬間にオムツ替え……」
子育てをしていると、何かをやろうとした瞬間、次のやらなきゃいけないことに迫られ、一生達成感のないまま延々障害物競走をしている感覚になってきます。
そんなとき、私たちはつい「どうして上手くいかないんだろう」「自分の段取りが悪いのかな」と、自分を責めてしまいがちです。
でも、もしこの理不尽で達成感のない毎日が、最初から攻略難易度の高い「そういうゲーム」だとしたら?
今日は、読むだけでクスっと笑いがこみ上げる、ヨシタケシンスケさんの『そういうゲーム』を紹介します。
どういうゲーム?
ヨシタケシンスケさんの本は、いつも「あ、それわかる!」という日常の隙間を突いてくれますが、今回のテーマは「ゲーム」です。
といっても、テレビゲームの話ではありません。 日常の些細な出来事から、人生のちょっと困った局面までを、自分なりの「ルール」と「勝利条件」を決めて遊んでしまおう、という提案です。
- 「こっちのレジのほうが早かったら、かち」
- 「予定より早く帰ると伝えたとき、相手が寂しそうな顔をしたら、かち」
- 「価値観の合う人とどれだけいっしょにいられるか。やっかいな人とどれだけ関わらずにいられるか。嫌いな人を呪うパワーで、どこまで前に進めるか、そういうゲーム」
日常のあるあるエピソードから、人生の深淵に触れるような言葉まで、ヨシタケワールドが全開。
ページをめくるごとに、色んな場面を色んな角度で「ゲームにしちゃう」のを読んでいるうちに、あ、これは人生という究極のゲームを攻略する話かな、なんて、自分なりの視点が入ってきてどんどん面白くなります。
イヤイヤ期も「無理ゲー」だと思えば楽しめる
特に未就学児くらいまでのお子さんを育てる毎日は、まさに「無理ゲー」の連続ですよね。
朝、目が覚めても起き上がりたくない。だってこの後こどもたちを着替えさせて、ごはん食べさせて、洗濯ものして、幼稚園の準備して・・・。起き上がる前から目の前に積みあがるタスクonタスクに、いっそ目なんか覚ましたくない、と現実逃避していてもスヌーズは鳴り響きます。
そんなとき、この本の視点を借りてみると、少しだけ心に余白が生まれます。
- イヤイヤ期: 「どれだけ早く泣き止ませるか」ではなく、「この理不尽な要求を、無表情でどこまで聞き流せるか、そういうゲーム」
- 家事が進まない: 「完璧に片付ける」ではなく、「冷蔵庫にあるものだけで、10分で何かつくれたら、かち」
「ちゃんとした親」という自分自身での目標や周りからの期待諸々を一度下ろして、目の前のカオスをどう面白がるか。 「自分だけの勝利条件」を自分で作っていいんだよ、というヨシタケさんの優しさが、全ページから伝わってきます。
子育てという「やめられないゲーム」
本書の中に、こんな言葉があります。
「意味のあるゲームも、ないゲームもある。」
「途中でやめられるゲームも、やめられないゲームもある。」
毎日毎日意義も意味も感じられないような作業をひたすら繰り返す中で、ふとした瞬間の笑顔や成長エピソードくらいじゃ正直「明日も頑張ろう!」と思えるほどの原動力にならない日だってあります。孤独なんて当たり前、やりがいなんてどこいった、でも、これも、そういうゲーム。
朝、こどもが起きる前の5分で無料マンガ1話分読めたら3マス進む、夫が先に起きて洗濯物回してくれてたら5マス進む、洗い物も片づけてくれていたらこの朝は勝ち。
朝ごはんリクエストでもめたら3マス戻る、下の子が他のみんなが先に起きて自分だけ布団に取り残されてることに気づいてぐずりだしたら1回休み、でも着替えでおニューの靴下を履いてテンションが上がったら前の人のマスに追いつく。
そんな生活感しかないすごろくを毎日遊んでいるんだと思ったら、なんだか自分はちっぽけな盤上の駒で、この壮大なゲームの一員で、ただサイコロをひたすら転がして、身を任せればいいって、思えてくるのです。
今日からあなたも「プレイヤー」
この本を読んだ後、こどもたちと色んなゲームを言い出したらとまらなくなるのも楽しかった。
「今日一日、二人が喧嘩しなかったら勝ち、そういうゲーム」と言ったら、
「今日一日、お母さんがスマホ見ずに遊んでくれたら勝ち、そういうゲーム」とカウンター。
おふっ。この勝負、クリーンヒットでお母さんの負けです。
たまり
